水戸地方裁判所 昭和37年(行)3号 判決 1962年11月29日
原告 茨城県農業共済組合連合会
被告 塚田勝市
主文
原告の農作物共済掛金、賦課金及びきよ出金債権に関する訴を却下する。
被告は原告に対し金一四七円及びこれに対する昭和三六年八月二四日から完済に至るまで一〇〇円につき一日三銭の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告は(一)被告は原告に対し金九、五二〇円及びこれに対する昭和三六年八月二四日から完済に至るまで日歩三銭の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、
二、被告は原告の請求を棄却する。との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は茨城県を区域とする農業共済組合連合会であり、訴外下妻市農業共済組合(以下単に訴外組合という)は下妻市を区域とする農業共済組合であり、原告の構成組合員である。
又、被告は下妻市大字黒駒に住所を有し、水稲、麦等の耕作の業務を営むものであつて、訴外組合の組合員である。
(二) 原告は訴外組合に対し別紙原告債権目録記載のとおり、農業災害補償法第一二二条による保険関係の成立に伴う農業共済保険料及び同法第一三二条、第八九条第一項に基づく賦課金の各債権を有する。
(三) 訴外組合は被告に対し、別紙被告債務内訳表記載のとおり、同法第一〇五条、定款第一五条、第一六条に基づく水稲、陸稲、麦の共済掛金及び同法第一二〇条の三、定款第六五条に基づく建物共済掛金債権、同法第八七条による事務費の賦課金債権、農業共済基金法第四六条、定款第九五条の三によるきよ出金債権、並びにこれらに対する定款第一六条第四項所定の日歩三銭の割合による遅延損害金債権を有している。そして、被告の別表記載の各債務は、いずれも当該年度末限り支払わねばならないものである。
(四) ところで、農業災害補償法第一二二条によれば、被告らその他農業者と訴外組合との各種共済関係は同時に訴外組合と原告連合会との各種保険関係を成立せしめることになつている関係上、被告らその他農業者の訴外組合に対して納入すべき各種共済掛金等は、訴外組合の原告に対して納入すべき各種農業共済保険料にかわるものであるから、共済掛金等の延滞があればそれ以外に余裕財源のない訴外組合は原告に対し保険料等を支払うことができない実情にある。現に訴外組合は原告に対し各種共済保険料の支払ができないでいる。
そこで原告は訴外組合に対する前記債権保全のため、訴外組合に代位し訴外組合の被告に対する前記債権を行使するものである。
(五) よつて原告は被告に対し別紙被告債務内訳表記載の金九、五二〇円及びこれに対する本件支払命令送達の日の翌日である昭和三六年八月二四日から完済に至るまで定款第一六条第四項所定の日歩三銭の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告の答弁
(一) 請求原因第一項は認める。
(二) 同上第二項は不知。
(三) 同上第三項中、被告が訴外組合に対し、農作物及び建物の共済掛金、事務費に関する賦課金、きよ出金、並びに定款所定の遅延損害金の支払義務があることは認めるが、原告主張の請求金額の根拠である昭和三二年ないし昭和三五年度における水稲の引受面積並びにこれを基準とする請求額は争う。被告の昭和三二年ないし昭和三五年度における水稲の引受面積は三反五畝であつたに過ぎない。
(四) 同上第四項は不知。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、先ず職権をもつて本件訴の適否について判断する。
(一) 農業災害補償の制度は、農業が他の近代産業に比し、気象条件あるいは自然条件に左右されるところ多く、ともすれば不慮の事故に因つて損失を蒙り農業経営の支障、差てつを生ずるところから、かかる損失を補てんし農業経営の安定を図り農業生産力の発展に資することを目的とするものであり、右の目的達成のため農業共済組合をして組合員のため一種の損害保険の事業を行わせる制度である。
かかる制度の本質からして農業災害補償法第一五条、第一六条は同法第一五条所定の一定資格を有する者は当然にその住所を区域とする農業共済組合の組合員となることとしている。すなわち強制加入の方式を採用している。又その行う事業についても、農作物共済及び蚕繭共済にあつては同法第一五条第一項第一号所定の資格者(第一号資格者)が農業共済組合の組合員となつたときは、命令の定めるところにより定款で特別の定をした場合を除き、その時にその者と農業共済組合との間に農作物共済及び蚕繭共済の共済関係が当然に成立するものとされており、又家畜共済においては同法第一一一条及び第一一一条の三により、ある場合には組合員が家畜共済に付することを義務付けられ、ある場合には組合員から家畜共済の申込を受けたときは、特段の定めのある場合を除いては組合はその承諾を拒んではならないこととなつている。なお建物等の任意共済にあつては、共済関係の成立は任意共済事業を行う農業共済組合が組合員からの申込みにより契約を締結することを必要とするが、同法第一二〇条の三、第一一一条の三により、組合は特段の定めのある場合を除いて、組合員の申込みを承諾する義務があり、これ又強制締結の方式を採用しているのである。すなわち農業共済組合はいわゆる公共組合であり、公法人たる性質を有するものといわねばならない。
(二) 次に、農業災害補償法第八六条によれば、組合員は定款等の定めるところにより定額の共済掛金を組合に支払わなければならないことになつているが、農作物共済及び蚕繭共済にあつては共済掛金率並びに組合員負担率は法定されており、前述の組合強制加入並びに強制共済関係成立の点からみて、組合員の共済掛金給付義務は単なる保険料の支払義務の性質たるにとどまらず公法上の金銭給付義務と観念すべきである。又、同法第八七条第一項によると、組合員は定款の定めるところにより同法第一四条の規定により国庫が負担する事務費以外の事務費を組合員に賦課することができると定められている。そして組合強制加入の点等上来述べたところよりするならば、農業共済組合の事務費賦課処分は一種の行政処分とも解すべく、賦課金債権は公法上の金銭債権であるといわねばならない。
(三) さればこそ、農業共済組合は、農作物若しくは蚕繭共済にかかる法第八六条の共済掛金又は法第八七条第一項若しくは第三項の規定による賦課金を滞納する者がある場合は、督促状により期限を指定してこれを督促しなければならないことになつているし(同法第八七条の二第一項)、農業共済組合が右の規定による督促をした場合においてその督促を受けた者が督促状で指定する期日までにこれを完納しないときは、市町村に対しその徴収を請求することができるし(同条第二項)、市町村が右の規定による請求を受けた日から三〇日以内にその処分に着手せず、又は九〇日以内にこれを終了しないときは、農業共済組合は都道府県知事の認可を受けて地方税の滞納処分の例によりこれを処分することができる(同条第四項)ことになつている。すなわち、農業共済組合の農作物共済若しくは蚕繭共済にかかる共済掛金及び事務費の賦課金債権については、いわゆる行政上の強制徴収の方法が認められているのである。
しかして、右の強制徴収の方法による場合には、その徴収金の先取特権の順位は国税及び地方税に次ぐものとされており(同条第五項)、又前記督促状による督促の場合には民法第一五三条の規定にかかわらず時効中断の効力を有することとされ(同条第六項)、特段の利便が授与されているのである。
(四) ところで、一般に公法上の金銭債権であつても、特別の定めがない限り行政上の強制徴収の手段に訴えて徴収することはできないのであつて、一般の強制執行の手段による外はないのであるが、行政上の強制徴収の方法によるべき根拠があり、直ちにこれによることができる場合においては公法上の金銭債権は行政上の強制徴収の方法によつて債権の実現を図るべきであり、民事訴訟法に基く強制執行によることは許されないものと解すべきである。けだしかく解することが、法が可及的迅速かつ確実に財源を確保し、能率的な債権の実現を企図して地方公共団体ないし公法人に対し便益のある強制徴収の方法を授与した趣旨に適合するからである。農業共済組合の徴収金についても同様に解するのが相当である。
そうとすれば、訴外組合の被告に対する農作物共済掛金、事務費及び防災等の賦課金債権についてはその徴収につき前述の如き行政上の強制徴収の方法によるべきで、民事訴訟法に基く強制執行によることは許されないといわねばならない。
又訴外組合のきよ出金の徴収についても農業共済基金法第四六条第三項において農業災害補償法第八七条の二第一項から第六項までを準用しており、強制徴収の方法が与えられているのであるから、その取立につき民事訴訟法に基く強制執行は許されないものといわねばならない。
そうすると、農作物共済掛金、事務費等の賦課金及びきよ出金債権については、行政上の強制徴収の方法が認められ、民事訴訟法に基く強制執行は許されない以上、右債権の確定等については滞納者たる組合員から争えば足りると考えられるので、訴外組合は被告に対し右債権の取立のため訴を提起する利益はないものと解する。したがつて、原告は訴外組合に債権者代位して被告に対し右債権の支払を訴求することはできないといわねばならない。
二、しかしながら、建物等の任意共済掛金の徴収については以上の如き強制徴収の方法は認められていないのであるから、一般の民事訴訟法の規定に従い給付の訴を提起することのできることは勿論であるから進んで建物共済掛金債権の請求の当否について判断する。
請求原因第一項は当事者間に争いがなく、証人横瀬秋男の証言(一、二回)及び弁論の全趣旨を綜合すると、請求原因第二項ないし第四項(ただし、第三項は建物共済掛金額並びに定款第一六条第四項所定の遅延損害金債権についてのみ。)の事実を認めるに十分である。
そうすると、被告は訴外組合に対し昭和三五年度建物共済掛金一四七円及びこれに対する支払期である同年度末以降(昭和三六年四月一日以降)完済に至るまで定款第一六条第四項所定の日歩三銭の割合による遅延損害金を支払う義務のあることは明らかであるから、原告が訴外組合に代位して被告に対し右共済掛金の支払を求める請求は理由あるものといわねばならない。
三、叙上の次第で原告の本訴請求中農作物共済掛金、事務費及び防災賦課金並びに農業共済基金法第四六条所定のきよ出金債権の支払を求める部分は不適法としてこれを却下し、建物共済掛金一四七円及びこれに対する支払期の後である本件支払命令送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三六年八月二四日から完済に至るまで定款第一六条第四項所定の遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 伊藤邦晴)
原告債権目録
農業災害補償法に基き茨城県農業共済組合連合会が下妻市農業共済組合に対して有する農業共済保険料債権内訳
年度
種別
保険関係成立基礎(契約)
保険料等計算基礎
保険料等調定額(金額)
納入済額
代位請求の基礎残額
債権成立日
昭和年度35
麦
保険金額
51,334,164円
保険料
850,387円
500,000円
350,387円
36.3.30
〃
保険面積
121,634畝
反当11円
賦課金
133,797円
0
133,797円
〃
35
建物
保険金額
244,110,000円
保険料
521,415円
450,000円
71,415円
36.3.31
0.03%
賦課金
73,233円
73,233円
0
〃
計
555,599円
塚田勝市債務内訳
年度別
種別
共済掛金賦課金の算出基礎
共済掛金等
左計
左年度別
計
備考
掛金
賦課金
昭和 29
水稲
反面3,206歩掛金反204円
賦課金反70円
1部納入
残円
525
円
225
円
750
円
750
30
水稲
〃
627
226
883
〃
陸稲
反面6畝 掛金反298円
賦課金反60円
179
36
215
〃
麦
面積2.9畝 掛金反83円
賦課金反60円
241
174
415
〃
防災賦課金
水稲3,206歩 麦2,900歩割
58
58
〃
基金
水稲10円 陸稲2円 麦5円
組合員割10円
27
27
1,598
31
水稲
面積3,821歩 掛金反204円
賦課金反80円
789
310
1,099
調査の結果4,607歩を
3,821歩と訂正
〃
陸稲
面積600歩 掛金反298円
賦課金反80円
179
48
227
〃
麦
面積2,300歩 掛金反83円
賦課金反80円
191
184
375
〃
基金
水稲10円 陸稲2円 麦5円
組合員割10円
27
27
1,728
32
水稲
面積3,821歩 掛金反204円
賦課金反80円
789
310
1,099
調査の結果4,607歩を
3,821歩と訂正
〃
麦
面積2,300歩 掛金反88円
賦課金反80円
203
184
387
〃
基金
水稲10円 陸稲麦7円
組合員割10円
27
27
1,513
33
水稲
面積3,821歩 掛金収量
590升×87円 賦課金反80円
513
310
823
調査の結果4,607歩を
3,821歩と訂正
〃
陸稲
面積1,400歩 掛金引受収量
112升×180円 賦課金反80円
202
112
314
〃
麦
面積大小麦3,700畝 引受収量
大麦443升小麦192升×大麦
32円小麦48円 賦課金反80円
234
280
514
1,651
34
水稲
面積3,821歩引受収量833kg
100kg×58円 賦課金反95円
483
368
851
851
調査の結果4,607歩を
3,821歩と訂正
35
水稲
面積3,821歩引受収量833kg
100kg×58円 賦課金反95円
483
368
851
〃
陸稲
面積1.5畝引受収量200kg
100kg×112円50賦課金反95円
225
143
368
〃
建物
共済金額70,000円×0.21%
賦課金70,000円×0.09%
147
63
210
1,429
計
6,040
3,480
9,520
9,520